ハナミズキ

2004年2月11日
一青窈さんの5枚目のシングル
作詞:一青窈、作曲:マシコタツロウ

いつ知ったのかは、全く記憶にないのですが、メロディーが気に入ったのと

♪百年続きますように

という歌詞に惹かれて好きになったように思います。僕の中でいっちばん頭に残っているのは、「めざましテレビ」に出演し、生で歌ったとき、当時メインキャスターを務めていた高島彩さんが涙を流していたことです。生で聴いた歌声に感動したのだと思いますが、聴いている人に涙を流させる歌力って凄いなぁと思いました。簡単に言いますと、感動させたことですから。

でも、高島さんの夫君は「ゆず」の北川悠仁さんですが、毎日「栄光の架け橋」を聴いているのかしら…。そんなことは別にして、一青窈さんはこの歌がヒットしてから、その経歴が報じられることが多かったのですが、一青窈さんは「スクールメイツ」という若い女の子が歌手の方の後ろで踊るグループに所属していたことがあるそうです。

僕の年齢でスクールメイツと聞きますと、昔の歌番組では必ず見かけていた記憶があります。芸能界を目指す若い女の子たちの登竜門というわけではないですが、おそらくきっかけ、入り口、、、そんな感じのグループだったように思います。

当時は渡辺プロダクション、通称「ナベプロ」の全盛時代でしたが、そのナベプロが運営するグループだったように思います。当時、売れ出した若手タレントが「スクールメイツ出身」という話はそこかしこで聞いていました。「木綿のハンカチーフ」の太田裕美さんもスクールメイツ出身ということで有名でした。当時の芸能界はナベプロが牛耳っていたといっても過言ではないくらい、大きな力を持っていました。

そんなことはともかく、一青窈さんです。当時、週刊誌で報じられていたのは一青窈さんの略奪愛だったのですが、お相手は「My Little Lover」やミスチルのプロデューサーとして活躍していた小林武史さんです。略奪愛とは穏やかならぬ恋ですが、「ハナミズキ」の歌詞

♪君と好きな人が 百年続きますように

とはあまりに相容れない現実に、複雑な気持ちになったことを覚えています。略奪愛かどうかの実際のところはわかりませんが、「自分が好きになってしまった男性に、奥様がいた」という現実を受け止めるのにかなり苦しんだのではないでしょうか。勝手な想像ですが…。

結局、小林さんとは結婚せず、ほかの方と結婚して現在はお子さんが3人いるそうです。今の状況を思いますと、小林さんと結婚しなくてよかったのはないか、と勝手に結論を出しています。(^_^;) 

若いときって、勘違いすること、ありますよねぇ。

えっ、ぼ、ぼ、ぼ、ぼく?

それでは、また。

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