いつの日か

矢沢永吉さんの37枚目のシングル
1994年5月25日に発売
作曲:矢沢永吉 作詞:秋元康

僕はロックんロッカーではありませんので、キャロルのバンド時代をほとんど知りません。また、業界に詳しいわけでもありませんので、矢沢永吉さんについてもほんの上っ面の知識しかありません。そんな僕ですが、この「いつの日か」だけは好きで、ちょくちょく頭の中に降りてきます。

この楽曲はTBSのドラマで主演したときのエンディングソングだったそうで、もちろん大ヒットしたのですが、その関係で僕は知っているのだと思います。基本的に、僕が歌を覚えるのは歌全部というよりも、どこか一ヶ所のメロディーを好きになり、そこから全体を好きになります。ですから、いつまで経っても全部を歌えないことは多々あります。この歌はそんな歌の典型となっています。

ちなみに、同じようにメロディーのたった一ヶ所だけ好きなフレーズがあり、そこだけを歌っている楽曲としては、松山千春さんの「炎」という歌があります。「あーいーが揺~れている」という歌詞のメロディーが好きなのですが、そこに至るまでの歌詞もメロディーもイマイチ頭に入っておりません。

そんなことより矢沢さんです。僕が矢沢さんを知ったのは、この歌のようなビッグヒットがあるからですが、その関連で「成り上がり」という本にも関心を持ちました。「成り上がりは矢沢さんの語り下ろし自伝なのですが、この本は「語り下ろし」ですので、書く人が必要でした。その方こそ、今をときめくあの「ほぼ日」の糸井重里さんです。

当時、糸井さんは新進気鋭のコピーライターでした。その糸井さんを起用して「成り上がり」を作ることを企画したのは小学館の島本脩二さんという編集者さんですが、僕はそれをなにかの記事で読み、編集者という仕事がいかに権力を持っているかを知りました。だって、あの天下の糸井さんを構成ライターに起用するのですから、立場が糸井さんよりも上ということになります。つまり、「偉い人」ということです。世の中のヒエラルキーを初めて意識したきっかけの出来事でした。

そんなことより矢沢さんです。矢沢さんといいますと、広島出身で有名ですが、広島で著名な音楽関係の人といいますとあのカリスマの吉田拓郎さんがいます。それを考えますと、二人の関係はどうだったのかな、などと思いを馳せるわけですが、それを教えてくれたのは元チェッカーズのフミヤさんでした。

フミヤさんもすでに50才を超えたベテランですが、フミヤさんが拓郎さんがMCを務めていた番組にゲストで出演したときに、「矢沢さんと拓郎さんの伝説のケンカ」について触れていました。拓郎さんはその逸話を軽く受け流しましたが、業界では有名な話のようでした。矢沢さんが広島から上京してきたとき、拓郎さんはすでにカリスマな存在になっていましたので、二人が一触即発の関係になるであろうことは容易に想像がつきます。その想像を確定的にしたフミヤさんのお話でした。拓郎さんのケンカの強さを示す逸話も聞いたことがありますが、その二人がつかみ合いのケンカをしたそうですから、いったいどうなったのでしょう。

矢沢さんはどんなに売れる後輩が出てこようが、自らの立ち位置を譲ることは全くしない発想の持ち主です。矢沢さんは常にトップに君臨していなければいけないのです。以前、元BOOWYの布袋さんと共演する番組を見ましたが、完全に布袋さんよりも立ち位置が上でした。

また、布袋さんにしても矢沢さんをリスペクトしているのが伝わってきましたが、最も印象に残っているのは矢沢さんが歌っている姿を横にいた布袋さんが見つめているとき表情です。なにかを突き刺すようなまなざしでジッと歌う矢沢さんの姿を見つめていました。リスペクト以上のなにかを感じさせる視線力でした。

あの布袋さんを虜にできるところが、やはり矢沢さんのアーティストとしての力量なのでしょう。年齢的なもので言っても、矢沢さんと対等に構えられるのは先ほどの吉田拓郎さんとか元オフコースの小田和正さんあたりでしょうか。それ以外の方々は年齢的だけでいっても半分の人生しか歩んでいないのですから、それを考えますと、いかに矢沢さんがすごいかがわかります。

「成り上がり」という本を読みますと、矢沢さんがアーティストとしてだけではなく、経営の面においても優れていることがわかります。「肖像権を自分で持つ」という発想を確立したのも矢沢さんが初めてのようでした。それまでは、アーティストは音楽を作ることだけに専念していればよかったのですが、それでは自らの権利を放棄する、もしくは他人まかせにすることですので、不利益を被ることになります。そうした業界の慣例に挑戦したのが矢沢さんでした。

それと関連するのですが、矢沢さんは米国事業を任せていたマネージャーの人に騙されたことがあります。そのときは、結局35億円という巨額な借金を抱えることになったのですが、そのエピソードも読みごたえがありました。ジャニーズのSMAPは解散する前「スマスマ」という番組をやっていましたが、そこにゲスト出演したときに、「ようやく借金を返済し終えた」と話していましたが、僕はそのときに「矢沢さんほどの人でも35億円の借金はかなりきついんだかなぁ」と思った思い出があります。

「いつの日か」を聴きますと、アーティストの側面としての凄さと経営力の高さについても思い出してしまいます。話は変わりますが、矢沢さんの鼻の大きさと演歌の北島三郎さんの鼻の大きさは似ていると思っています。

それでは、また。

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