972年3月1日発売のアルバム「彷徨」収録曲
作詞作曲:小椋 佳
歌:小椋 佳
先日、なぜかお母ちゃんの夢を見ました。もう他界して3~4年経っていますが、なぜかお母ちゃんの夢を見ました。。その関連でこの歌を思い出した次第です。なぜなら、この歌は「家出する少年がその母親に捧げる歌」だからです。
小椋佳さんの経歴については、前に描いていますので、それを参照していただくとして、小椋さんが有名になったことで、僕がこの歌に出会ったのは間違いありません。なんのアルバムだったかは忘れましたが、ラジオで聴いて不思議と光景が浮かんできました。
我が家は団地でしたので、「木戸」などないのですが、ただ母親との決別というところがやけに心に残りました。男性と女性の違いを端的に言うなら、それは間違いなく出産を経験できるか否かに尽きます。このように書きますと、今の時代はすぐに炎上しそうですが、「子どもを産んだ」妻と僕とでは子どもに対する気持ちが全然違うのではないか、と最近思うようになりました。単純に、「人間を産む性である女性は偉い」と思っています。
こんなことを書きますと、「出産したくない女性」を非難しているように聞こえるかもしれませんが、そんなことはありません。「産みたくない女性」がいても、不思議でもおかしくもありません。そもそも僕は少しほかの人とは考え方が違いますので、「産みたくない人」の気持ちも十分わかるつもりです。
それがわかったうえで、言うのですが、男性は産んでもらった母親に対して、年をとればとるほど親愛の情が生まれてきます。ほかの男性はどうか知りませんが、僕はそうです。もちろん、個人差はあるでしょうが、男性の80%くらいの人は母親に対する気持ちが強いように思えて仕方ありません。僕は、週に一度はヨーカドーのフードコートに行くのですが、そこで90歳くらいのお母さんらしき人と60歳過ぎくらいの男性の姿を見かけます。実に仲良くテーブルに座って楽しそうに話しています。こんなことを書いておきながら恥ずかしいのですが、僕は母の終盤にはあまり親しく行き来していませんでした。もしかしたなら、そうしたことも影響しているかもしれません。
♪許してくれるだろうか 僕のわかいわがままを
♪解ってくれるだろうか 僕のはるかなるさまよいを
ずっと、さまよってるんですよねぇ、僕。
ほいたらまた。