案山子

1977年11月25日発売
作詞・作曲:さだまさし
歌:さだまさし

ウィキペディアの解説を読んでいましたら、
「都会で一人暮らしをする弟(あるいは妹)を、雪の中にぽつんと立つ案山子になぞらえ、故郷にいる兄が気遣うメッセージを送る歌である」
と書かれていました。

つまり、“案山子”は故郷を離れた人にたとえられているということになります。
けれど、僕はまったく反対に考えていました。案山子とは、故郷に残り、離れて暮らす子どもを案じる親のことだと思っていたのです。
「ずっと見守っている」という意味で。

真相はどうなのでしょうか。

僕はこの歌をとてもいい歌だと思っていました。
ですが、いつものように、僕がとても好きな歌は「そこそこのヒット」に終わる運命のようで、最高位は「15位」。大ヒットとはならなかったようです。

解釈がどうであれ、「親が子どもを思う気持ち」を歌っているという点では、同じ想いで受け止めていたように思います。

♪元気でいるか 街には慣れたか 友達できたか
♪寂しかないか お金はあるか 今度いつ帰る

親の愛は、この言葉に尽きます。
しかし、現実は厳しいもので、仕送りをするお金を工面するのに苦労する親もいます。
「寂しかないか」はともかく、「お金はあるか」は現実とズレがあるかもしれません。

あらためて歌詞を熟読してみると、後半に

♪お前も都会の雪景色の中で 丁度あの案山子の様に
♪寂しい思いしていないか 体をこわしていないか

と歌われていました。

僕の思い違いだったことが、はっきりしました。
歌詞をしっかりと聴いていなかった証拠です。反省しています。

僕の友だちに、金沢から出てきて下宿生活をしていた人がいました。
当時でも、下宿は少し珍しかったように思います。
おそらく費用面で、下宿の方が安かったからだろうと推測しています。

その友だちは、「この歌が大好き」と言っていました。
これは、実際に経験した人にしかわからない感覚なのかもしれません。

ある土曜日、その友だちから電話がありました。
「暇で暇で我慢できない。ねえ、一緒に遊んで」
もちろん、一緒に遊びました。

その友だちとは今でも年に1回、電話で近況を報告し合っています。
先月は、わざわざ我が家の近くの駅まで来てくれて、昼ごはんを一緒に食べました。

僕がその友だちを好きな理由は、
どんなに偉くなっても、僕と話すときは学生時代の感覚で接してくれることです。

実はその友だち、最終的には会社の役員にまで昇りつめたんです。
それに比べて僕は、ずっとしがない自営業者。

それでも、学生の頃と変わらずに接してくれるのです。

僕、尊敬してるんだ。

それでは、また。

*校正「chatgpt」。

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