ダンシング・ヒーロー

1985年11月21日発売された荻野目洋子の7枚目のシングル
訳詞:篠原仁志/作曲:A.Kyte / T.Baker/編曲:馬飼野康二

軽快なメロディーにアップテンポな振り付け。おそらく今の若い人は大阪府立登美丘高等学校ダンス部のダンスで知ったのではないでしょうか。それにしても、リバイバルヒットしたときに思ったのは、荻野目さんの若さです。最初にヒットしたときは十代後半だと思いますが、それから30年以上経っているということは、そりゃあなた、50歳前後ということじゃぁありませんか!それであの動きができていたのですから「素晴らしい!」の一言です。

あと忘れていけないのは荻野目さんの「人相」です。あの十代の頃のままの「人相」でいられるのは充実した人生を送っていたことの証です。旦那様はテニス選手で有名な方ですが、確か「学生時代からつきあっていた」となにかの記事で読んだことがあります。純愛を貫いて、それがずっと続ているのが素晴らしい!

この歌は歌詞がどうのというより、やっぱり軽快なメロディーに尽きます。ちなみに、この歌詞を読みますと、湯川れい子さんを思い浮かべますが、プロは簡単にこういう歌詞を作っちゃうですよねぇ、さすがプロ!

僕が学生時代はディスコというのが流行っていたのですが、僕はそういう世界とは縁遠い学生生活を送っていました。そのディスコがまたフィーバーしたのは、ちょうどラーメン店を営んでいたときで、90年前後かな、そのときに地味な感じの女子大生がバイトをしていたのですが、その彼女が出勤日ではないときに、お給料を取りに来たのですが、そのファッションに驚かされました。

なんと彼女、白のタイトスーツで来たのです。もちろん「化粧もバッチリ!」でした。普段は口数も少なく、とにかく地味な人だったのですが、それだけにそのファッションに大げさではなく度肝を抜かれました。一般人が白のスーツで歩いていたら、そりゃあんた、目立ちますって!

当時は第二次ディスコブームで、「マハラジャ」とかいう有名なお店があったのですが、なんとその彼女は「たまに踊りに行っている」とあとから聞きました。人は見かけによらないといいますが、本当に想像もつかない彼女のプライベートでした。

この歌を聴くと、その彼女を思い出します。

それでは、また。

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