骨まで愛して

1966年(昭和41年)1月にリリース
歌:城卓矢
作詞:川内和子(川内康範)作曲・編曲:文れいじ(北原じゅん)

この方が歌っている姿はまだ白黒テレビの時代に歌番組で歌っている光景が思い出されます。そういえば、我が家が一家で上京したのは僕が幼稚園の頃ですが、当時はまだテレビが我が家にありませんでした。初めて見たテレビは隣の家がテレビを買ったので「一緒に見よう」と誘ってくれたからですが、正座をして緊張した覚えがあります。

そういえば、父が「テレビを買ってくる」と行って出かけた日、実際に買ってきたのがラジオだったことがあります。そのときのショックは今でも忘れられません。上京とは言っても実際は隣県の川崎市だったのですが、一軒家を2つに分けた家でした。周りは田んぼだらけで自然が満載の環境でした。

そんなことはともかく、「骨まで愛して」がヒットした頃は我が家にはテレビがあったのですが、先ほど書きましたように白黒で、記憶に間違いがなければ日本テレビのシャボンだホリデーというバラエティ番組で歌っていたように思います。しかし、まぁ以前書きましたが、人間の記憶は間違っていることが多いので、この僕の記憶も正確さには自信がありません。

城さんが歌った後に、双子の歌手ザ・ピーナッツさんが歌っているところに無責任男の植木等さんが現れて、「お呼びでない、そりゃ失礼いたっしゃいました」と消えていく映像が頭に残っています。

そんなことより「骨まで愛して」です。まだ男尊女卑が社会に残っていたこの時代「骨まで愛して」と訴える女ごころがなんともいじらしいではあ~りませんか。骨まで愛されたなら、今の時代でもきっと喜ばれるに違いありやせん。なにしろ皮膚を通り越し、肉のその先にある骨まで思いを届けられることを求めているのですから、なんという愛の強さでしょう。

こんな歌詞を書いたのは川内康範さんという作詞の方ですが、僕は知らなかったのですが、歌謡界といいますか芸能界では大御所の先生のようです。この先生で思い出すのは演歌歌手の大御所・森進一さんとの「おふくろさん騒動」です。

2006年ですから今から16年前の騒動ですが、川内先生が森進一さんに提供した「おふくろさん」の歌詞を無断で勝手に歌詞を加えて歌ったことに川内先生が怒った騒動でした。当時の朝の情報番組で、森進一さんがわざわざ青森県八戸の先生の実家まで足を運んだようすが映像で流れていたのですが、雪の中森さんが不安そうにインタビューに答えていた姿に哀愁が漂っていました。

当時は芸能界のこともあまり知らなかったので、その映像を真に受けていましたが、今にして思いますと、すべてが「やらせ」のように感じてしまいます。それはともかく、この歌を作詞した先生は芸能会の重鎮という立場の方のようでした。

歌詞で一つ強い印象を与えるのは

♪なんにもいらない欲しくない
♪あなたがあればしあわせよ

の「あれば」です。普通、人間の存在を表すのであれば「あれば」でなく「いれば」です。それを敢えて「あれば」としたところにこの歌の魅力があります。では、なぜ「い」ではなく「あ」なのか。僕なりに考えてみますと、「い」より「あ」のほうが「あいうえお順」で先にくるからではないでしょうか。

答えになっているようでなっていない感じがしないでもありませんが、今書いている本日はクリスマスイブですのでお許しいただきたく思います。

それではまた。

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