積木の部屋

1974年3月10日発売の布施明のシングル曲
作詞:有馬三恵子、作曲・編曲:川口真

先週、野口五郎さんの「私鉄沿線」を紹介しましたが、同じ流れで「積木の部屋」です。正確には「私鉄沿線」が1975年発売ですので、順番的には「積木の部屋」が先で「私鉄沿線」があとです。野口さんはこのほかにも「甘い生活」という同じ系統の歌を出していますが、この当時はこういう純愛的な物語が社会に受けていたのかもしれません。

この楽曲で一番記憶に残っているのはこの歌詞ですね。

♪西日だけが入るせまい部屋で二人

貧乏であることが純愛の証という雰囲気が、確かにこの時代はあったように思います。この少し前には「同棲時代」という漫画というよりは劇画、いえ劇画と言いますとアクション的な要素が入ってきますので、少し違いますが「暗く」「切ない」画風の漫画が流行っていました。

僕が「同棲時代」を読むのは大学に入ってからですので、連載されていた時期と少しずれますが、当時僕はそうした生き方にあこがれていた気分がありました。実際、僕は社会人になってから6畳一間と台所4畳半のアパートで暮らすことになるのですが、まさに「西日だけが当たる」貧乏くさい部屋でした。

この時代で僕が一番覚えているのは、朝ひとりで起きたあと、食パン1枚をかじりながら田んぼのあぜ道を駅まで走っている光景です。遅刻をしないために走っているのですが、それなら「もっと早く起きろよな!」と突っ込みたくなるところですが、そういう生活を送っていました。自分のことですので、本来ですと走っている姿を見ることはできないはずですが、自分を俯瞰した姿が思い出されます。

前に紹介したことがありますが、ほぼ同時期には「神田川」という名曲も生まれています。そうした楽曲に共通しているのは、やはり貧乏な暮らしに浸っている若者二人の姿です。おそらくこの時期の少し前には「学生運動」が下火になり、それまで社会変革を夢見ていた大学生の年齢の人たちが目標を失って社会を放浪している風潮が関係しているのかもしれません。僕の世代よりも一世代前若者たちです。

♪もしもどちらかもっと強い気持ちでいたら
♪愛は続いていたのか

♪部屋をさがした頃
♪そうさあの日がすべて

愛って盛り上がっているときはいいんですけど、絶対「冷める」もしくは「覚める」んですよねぇ。なので、大切なのは「愛し合った」「あと」なんですよ。若い皆さん。

それでは、また。

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