さらば青春


1971年にリリースされた小椋佳のデビューシングル「しおさいの詩」のB面

前回「神田川」を取り上げましたが、その流れで今回は「さらば青春」です。前回「四畳半三部作」として「神田川」「赤ちょうちん」「妹」を紹介しましたが、僕の中でこの3つに共通しているのは、オールナイトで映画を観たことです。オールナイトとは、深夜から朝方までという意味で、すべての夜、すなわち「オールナイト」というわけです。

この歌は小椋佳さんの作詞作曲ですが、僕が小椋さんを知ったきっかけは当時若者に人気があった「俺たちの旅」というドラマでした。生きる意味を問いながら生きている大学生3人の人生模様を描いた作品でしたが、当時とても心に刺さっていました。この頃からドラマでいわゆる「三流大学の学生」を主人公にするのが流行っていたようで、「ふぞろいの林檎たち」とか「青が散る」などもみんな三流大学の学生という設定でした。

時系列的に正確に言いますと、「俺たちの旅」は僕が浪人をしていた時期の放映でしたので「早く大学生になりたいなぁ」とか「大学生になったら、ああいう生活を送ろう」などと考えながら見ていたことになります。ちなみに、今はどうかわかりませんが、僕は都立高校に通っていたのですが、当時都立高校に通っていた生徒は進学が当たり前で、しかも現役で合格する人は300人以上のうちわずか10名程度でした。それほど浪人するのが普通と考える時代でした。

実は、僕としては自分の家が裕福ではないことをわかっていましたので、漠然と進学なんかしないんだろうなぁ、と思っていたのですが、僕の親は地方から東京に出てきた人ですので、「自分の子はなんとしても、最終学歴を大卒にしたかった」ようです。僕が「進学しようとは考えてない」と父に言ったところ、「進学したほうがいい」と父が強く言ってきたのを思い出します。

あとから考えますと、「子どもを進学させる」というのは、地方出身の親からしてみますと、「純粋に子供ため」という理由のほかに、いろいろと複雑な背景があるのですが、それはひとまず置いておいて、僕はとにかく夕刊だけでしたが、新聞配達をしながら浪人生活を送っていた頃に見ていた「俺たちの旅」でした。

その番組の主題歌が小椋佳さん作詞作曲で主演の中村雅俊さんが歌ってヒットして「俺たちの旅」でした。それがきっかけで小椋さんに興味を持ち、「さらば青春」にたどり着くことになります。小椋さんに興味を持ち、いろいろな情報に接していきますと、小椋さんはなんと東大出身で当時の学生人気度抜群の日本勧業銀行(現在のみずほ銀行)に勤めていることを知りました。

そんなエリート銀行員が、「どうして歌手なんかやってるだんだ?」と俄然興味が深まります。すると、学生時代に寺山修司さんのファンになり、ラジオ番組の出待ちなどをして親しくなり、音楽業界に入っていくことになったようです。当時は週刊誌の明星などには「歌の本」が付録でついていたのですが、その中で小椋さんの歌を見ますと、編曲に星勝さんの名前が多いことに気がつきました。

そこで星さんについて調べますと、星さんはグループ・サウンズのモップスのギタリスト・ボーカルだったことを知りました。それがきっかけで、僕は編曲の重要性を認識するようになりました。また、音楽業界の流れとして、一世を風靡するほどの人気を作った人は、ピークを過ぎたあとはプロデューサー行に転出することも知りました。

な~るほど、世の中はうまく回っているんだなぁ、っと思ったのですが、実は、今の僕は本当の音楽のセンスを持っている人は「編曲」、カタカナで言いますと「アレンジ」を手がけている人と思っています。だって、メロディーからどんな楽器を使って、もしかしたら楽器とは限らなくて、とにかく作詞作曲を際出せる伴奏とかアレンジをするには、膨大な音楽知識とセンスが必要だと思うからです。

話が逸れてしまいました。「さらば青春」でした。この歌で一番僕が覚えているのは、オールナイトで観ていた映画、実はタイトルは全く憶えていないのですが、青春物だったと思いますが、その映画の最後の場面でギターのコード音で

♪ジャガジャ、ジャッジャジャ~ン
♪ジャガジャ、ジャッジャジャ~ン

さらば青春の前奏なのですが、これがかかった瞬間に映画館にいた若者全員が

「オー! オー!」とお叫びをあげていました。それから大きな拍手が鳴りやまず、みんなしてスクリーンに向かって拳を突き上げていたのでした。

あー、これが青春、、、と思った瞬間でした。

イヤー、おそまつ。今週はこれにて失礼。

それでは、またまた。

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