作詞作曲:喜納昌吉
オリジナル・バージョンは、1980年に喜納昌吉&チャンプルーズの2枚目のアルバム『BLOOD LINE』に収録
多くの人がカバーしていますが、シングルとして発売したのは石嶺聡子さんです。
僕が最初に聴いたのは喜納昌吉&チャンプルーズさんが歌っているものですが、それから大分月日が経って95年に石嶺聡子さんがカバーして大ヒットしています。喜納昌吉さんは沖縄の方ですが、石嶺さんも沖縄出身ということは無縁ではないでしょう。冒頭で書きましたように、本当に多くの人がカバーしているのですが、それだけ「魅力的な歌」ということの証です。そして、もっと大事なことですが、「飽きられない」メロディーなのです。
以前、フォークの神様と言われた吉田拓郎さんが「名曲」とか「いい歌」というのは売れた枚数とかダウンロードされた数ではなく、どれだけ長い期間「歌い継がれるか、で決まる」と話していたことがありますが、まさにこの歌は「名曲中の名曲」と言って差し支えないしょう。
実は、この歌に関しては僕の中で思い違いがあったのですが、それを書きたいと思います。ここ10年くらいに限りますと、この「花」を耳にするのは、喜納さんでもなく石嶺さんでもなく、夏川りみさんです。試しに、YouTubeで「花」を検索しますと、夏川さんが最初に出てきます。夏川さんがいろいろな番組などで歌っているからだと思いますが、それが僕を勘違いさせていました。
僕は石嶺さんがカバーしたのも知っていましたので、「花」で検索して夏川さんが最初に出てくるのは夏川さんが石嶺さんからこの歌を「奪ったから」と思い込んでいました。実は、石嶺さんは「花」が大ヒットしたあと中々日の目を見ることができず、どちらかと言いますとマイナーな芸能活動をしていました。
同じように夏川さんも一度メジャーデビューをしたあと不遇の時代を過ごし、一時は沖縄に戻っています。そののちいろいろな変遷を経て再デビューするのですが、そのときに「花」を歌って成功を収めていた、と思っていました。つまり、喜納さんは別格として、夏川さんが石嶺さんを差し置いて「花」の第一人者になったと勘違いしていたのです。
僕は夏川さんという人は同郷でありながら、「なんと冷たい人なんだ」と憤っていたのです。しかし実際は、夏川さんが再デビューを果たしたのは「花」ではなく、同郷の先輩BEGINが作曲し森山良子さんが作詞した「涙そうそう(なだそうそう)」という歌でした。夏川さんには本当に申し訳ないことをしてしまった、と反省しています。
と、勝手に憤り謝罪をしましたが、「花」と「涙そうそう」には共通点があります。それは平和を追い求めていることです。喜納さんが最初に歌った「花」には「~すべての人の心に花を~」という副題がついています。喜納さんが沖縄という複雑な歴史を抱えた地域に生まれたからこそ生まれた楽曲だと思います。そして、「涙そうそう」も過去から現代、そして未来へと続く普通の平和な暮らしに思いを馳せる歌です。
「涙そうそう」は森山良子さんの作詞ですが、その森山さんは反戦を訴えた「さとうきび畑」という名ドラマの主題歌を歌っています。それらが僕の中で合わさって「涙そうそう」も反戦の歌のように思っています。
僕は政治的な思想はありませんが、戦争だけは起こしてはいけないと思っています。戦争で得をするのは一部のズルい人だけです。普通に市井で生活をしている人たちは苦しむだけです。しかし、政治に無関心な人が多い現代において、知らぬ間に戦争へと向かいそうで心配でなりません。
もちろん、いくら戦争反対と言っても、よその国が攻めてきたなら戦争は避けられないかもしれません。ですが、そうならないために普段から政治に関心を持ち、不幸な道に進まないようにすることが大切です。
もうすぐ衆議院選挙がありますが、僕がとても不安なのは投票率が低いことです。最近の選挙の投票率は50%前後が関の山です。政治を動かすのは選挙の一票です。決して誰かが決めてくれるわけではありません。
どうか、どうか、政治に関心を持ってほしいと願っている年寄りの入り口にいる僕でした。
それでは、また。